サウナ歴10年の新たな気づき
最近のホーム事情
サウナが巷でチヤホヤされる前から通っているホームサウナがある。地元の人しか使わないその場所は、決して広くはないサウナ室と、2人がようやく入れるほどの小さな水風呂があり、その2箇所を徘徊するのが自分のルーティンである。しかし、ここ数年サウナにスポットが当たると、近場でも新たなサウナ施設が誕生し、その料金にびっくりしている人たちはよりコスパの良いところを求めて、近隣をうろうろする。そう、自分のホームサウナも例外ではなく、たくさんの人が出入りするようになった。
魅惑のミストサウナ
平日の昼間だというのに、今日も暇人がホームに集う。じいさんばかりではなく、若い人もなんぼかいる。どうして暇人はこうもいるのか。貸切は難しいが、ギュウギュウの中サウナ室に入るのは好きではない。それはもはやホームではないのだ。しかし、今日もサウナ室は満員状態。いつものルーティンも他の人の流れを考えなくてはいけないのだから気が休まない。
ホームサウナにはミストサウナ室もある。人気のないそこは、いつもガラガラ。自分もミストサウナは、、、と、誰と競うわけではないが、ミストサウナを馬鹿にしている。しかし、今日はそんなミストサウナ室が輝いて見えた。ミストでいっぱいのその部屋が「今ならだれもいないぞ、自由に一人で過ごせるぞ」と誘ってくる。よりミストをと、桶を持って入場。そこから一人時間を謳歌することとなる。
高温サウナから離れてわかったこと
暖かい空気は上へ、冷たい空気は下へ。そんな常識は知っているが、どうして室温が低いのか一人もくもくと考えると、ある境地に至った。熱波師だ。熱波師はサウナ室の空気を司どる神だ。
だれもいないミストサウナ室。いるのは自分一人。室温を上げるため、タオルを振り回し、サウナ室の神に自分はなった。するとどうだろう。暖かい空気が、いや暑いミストが下界に降りてくる。熱い。タオルも熱を帯びている。ミストのおかげで周りの目は一切を遮っている。漢一人、一心不乱に神になり、ミストサウナ室のミストを司どる。
息絶え絶えになってミストサウナ室を上がると、水風呂に一直線。運良く空いていた水風呂を堪能し、すぐさま2週目へ。いつもなら休憩こそ至福の時間なのだが、なにせ新しい遊びを見つけてしまった漢は、新しいおもちゃを買ってもらった子供のごとく、熱中しているのだ。
2週目も人目を気にせず、タオルを回し、一人時間を謳歌する。ギュウギュウの高温サウナよりも楽しい時間を何週も堪能した。自分との対話を楽しみ、心も体もアクティブに過ごすことができた。高温サウナも良いが、ミストサウナも捨てたもんじゃない。むしろ混雑している高温サウナよりも自由にできるミストサウナの方が良いではないか、そんな気がしてならない。自分の体を癒すため、自分に集中するためにサウナに来ている。その目的を達成するのならば高温もミストも関係ないと、いつものルーティンから離れてわかった。
そして、ルーティンから外れ、新たなおもちゃで遊んだことで、体は遊び疲れ、いや、熱がこもったミストを浴びすぎたせいか、顔がヒリヒリして痛い。もしかしたら火傷したのかもしれない。やっぱりルーティンは大事かもしれない。そんな境地に至った今日この頃。

