52ヘルツのクジラたち 読了
本の紹介
町田 そのこ さんによる 52ヘルツのクジラたち は、タイトルより可愛くない。しかしグサグサと心に刺さる文章は、一ページ一ページを大切にさせる。時間の割に全然ページが進んでいなくて何度びっくりしたことか。自分の子育てを思い起こしたり、人との関わり方だったり、自分を彩る一冊になったと感じる。
心に刺さった文章
今すぐどこかへ行きたくて、でもそのどこかはここのはずなのに。 P14
あの時の私は52ヘルツの声をあげていた。 P72
「あんたのしたことを叱りはしても、嫌いになったり離れたりなんてしなかった。もっと信用してほしかったよ。」 P190
「でも、あのときの私は新しいものに夢中になって、アンさんの必死の声を聞けなかった。なんて愚かなのだろう。」 P203
「あの子は何もかも守ってくれた父親から離れて初めて、世間にある当たり前の壁を知ったのじゃろう。水疱瘡や、おたふく風邪と同じでな、小さな子どもの内に覚えておかなきゃならんことを大きくなって知るのは、ものすごくしんどいものよ。だから琴美も可哀想な子なのよ。」 P223
「ひとというのは最初こそもらう側やけんど、いずれは与える側にならないかん。いつまでも貰ってばかりじゃいかんのよ。親になれば、尚のこと。でもあの子はその理がわかっとらんし、もう無理かもしれんねえ」 P224
この後の自分へ
自分の子を大切に思うあまり、過保護になったり、自分の所有物のように扱ったり、親の思い通りにさせようとしたり、かなり考えさせられた。親は親、子どもは子ども。血がそうさせるが、違う人だ。子どもを尊重させることも大事だし、世間を教えることも大事。自由と放任の違いを明確にして、子育てをしていきたい。
最後に
結局、一人になりたくて行った先でも、人とのつながりを求めてしまう主人公。それは誰しもそうなり得ることで、人は一人では生きていけないし、心のどこかで誰かと繋がっていたい生き物だ。いっときは一人になりたくても、それを過ぎれば誰かといたい。そんなわがままな生き物なのだ。そして、その声は、表現の仕方は人それぞれ。声をあげていることに気づく人でありたいなと思う一冊であった。いつかまた読もうと思う一冊であった。

